KEY TO SURVIVE STRONG COFFEE

一瞬は、一生。

いろんなことがありすぎた。疲れた。

色々あったさ。

 

まず小林さんが亡くなった。

あれはいつだったか、7年くらい前か。

家をもらってほしいと言われた。

理由は、子供も配偶者もいない故

死後の管理が不安だという。

兄と甥っ子がいるというが、兄が先に亡くなる可能性が高いし、疎遠だという。

甥っ子は一度会ったことがあるようなないような。そんな人にあの家を急に明け渡しても困るだろう、と。

 

そんな頼みを、

「ああ、いいですよ。」

 

かなり軽い気持ちで返事した。

 

あまりに軽かったから、私のお父さんに

「二束三文にしかならないぞ?本当にもらうのか?」

と言われた。

「まあ、困ってるなら、いいかなって」

「君がそう言うならいいけど。こういうのって亡くなったあとに親族がわらわら出てきて、自分たちがもらうんだって揉めることがあるよ。その時はどうするの?」

「そうなったら放棄するよ。」

「ああそうなんだ、それでいいの?」

「うん、全然。私はあの家に住まないしね」

 

なんて会話をしたのをよく覚えてる。

 

そしてしばらくして、小林さんからメールが入った。

 

「司法書士に手続きをしようと思います。住所などは変更ないですか?

ところで私の家は本当にいる?もう一度よく考えてね」

 

と、最後に考え直す機会を与えた小林さん。

 

私は遺贈という形になるそうだったが、遺贈のネット情報は非常に曖昧で、贈与税と同じ額を課されるかもしれなかった。

その税金を払う余裕はもちろんない。

 

「贈与税は払えないから、現金を残してくれたら相続できるけど、なければ私は今現金がないから受け取ることができない」

 

そしてその後。

「現金も残した。頼む、勝手に手続きやっちゃったから受け取ってくれ」

 

そして小林さんは癌で死んだ。

 

それほど慌てて私に残したい理由は、やはり、親族にあげたくないからだろう。

仲良くもないし残した後どうなるかわからない。だけど私ならあの地区の人間であるから、どうにかしないといけない。

そこに賭けたんだよな、小林さん。

 

そして恐ろしい出来事はここから始まる。

 

小林さんの実兄から電話がきた。

「小林さんが今日亡くなりました、この後葬式やって、その後司法書士また紹介しますんで」

という、噂のたぬきジジイ。

この電話はまぁ普通。父とご近所さんは嫌な思いを散々したよう。

 

そして3週間後、たぬきから電話が。

 

「あなた、◯◯さん?」

「そうですけど」

「小林さんが亡くなったのは知ってる?」

「…?はい」

「お父さんから聞いたの?」

「………???はぁ」

「あなた、土地と家もらうんでしょ?なんで電話の一本もよこさないの?葬式もこないし、本当に不誠実だなーと思って」

「?????????」

 

※ちなみに葬式は…小林さんはやらないでほしいという意思だったが、たぬきが某宗教の信仰者で、それ方式でやるからって勝手にご遺体を知らないところへ持っていき、当然私たちは葬式に呼ばれることはありませんでした。

小林さんが仏像大好きだったのもあり、とてもがっかりしたもんです。

 

そしてたぬきの愚痴は止まらない。

 

「僕は何ももらえないのにひとりで雨の中書類の手続きやってさあ、なんで僕がこんなことしなきゃいけないんだって話だよ。君のお父さんにも昨日会ってきたけど無関係だって顔しちゃってさあ」

(そりゃそう)

 

私は終始、ボケてるんだなって思って聞いていた。

しかし良からぬ発言も多かった。

「司法書士からの連絡を待ってるんだけど。

(というかあなたがそう言ったのでは。)」

 

「こないよ!そんなの!だって私が執行者だもん!!」

「はい?」

「遺言書なんて、簡単にどうにでもできるんだからね?!本当にいるの?!あの家だってなあ、僕は不動産屋だからいくらだって出来るんだよ!!」

「遺言書はどこに?」

「僕が持ってるよ!!」

 

ちなみに、父には裁判所にあると言ってた。

 

あーーーーー笑笑

 

これやべえやつや。ラりってる。

真実がひとつもない。

一円たりとも渡さないつもりだ。

 

これがかつてお父さんが言っていた、

親族もめもめ事件か…

 

ちなみにたぬきは小林さんから生前、

手切れ金というか、納得金?手間賃?

という感じで、かなりの現金をもらったそう。

それでたぬきは、

「あいつ…金持ってんなぁ…」にんまり

としていたそう。

病院に同行したご近所さんがめっちゃキレてた。

それで私に何もかもあげたくないようで。

 

どうするか決めてよねっ!

って感じで電話は終わった。

 

そして父に言う。

「もうあんなボケたぬきいるなら、相続放棄してもいい?」

「いやだめだ。あんなやつに負けたらいけない」

「えーーー!ー!ーーー!!戦うのーーーめっちゃやだ」

 

父は意地になっていた。

そして旦那にもこう言われる。

「80過ぎのジジイに負けて悔しくないのか?」

「ええ…………」

 

そしてものすごい色々調べた。

遺言書は内容通り執行しないといけないこと。

改竄したりそれによって私利を得たりすると

刑事罰…つまりフツーの犯罪になるということ。

司法書士はグルになるとバッジを失うこと。

 

執行人は遺言書に記載されている。

未開封ではわからない。

遺言書は裁判所に置いておけない。

検認事件として扱う場所であり保管はしない。

 

なるほど。整理すると、

たぬきは全部嘘をついているんだな。

 

その後、よくよく考えた結果、

やはりここは私がたぬきに言うしかない。

 

ショートメールというギリギリの手段で!

 

「私は遺言書の意地に従います

司法書士の連絡先を教えてください」

 

何回聞いても教えてくれない司法書士の連絡先。

果たして。

 

「今北海道にいる親戚から戸籍謄本をもらうので近々いってきます その後司法書士から手続きが始まるので少しお待ちください」

 

※ちなみに戸籍謄本はコンビニでとれて、フツーに郵便で送れるで。誰かが現地に行く必要はゼロやで。

こいつ、金渡しにいくんかな。

 

「私も聞きたいことがあるので司法書士の連絡先を教えてください」

 

何回目かの催促

 

 

そして送ってきた!

 

 

よっしゃー!これでもうたぬきと連絡を取ることは二度とない………

 

次は司法書士かぁ…

 

某宗教の人なのかもなぁ………

 

ホームページ、ファックスと電話番号しか書いてないんかい…

 

いやだな。電話だと用件全部言わないといけないし…

 

ああ。疲れたなぁ。

もういいか。いいよね。終わりにしよ。うん。

 

そして私は瞼を閉じた。

 

今月はナイトズーがあり、家の据え付けを見に行くために新幹線にのり(そんな必要なかったなあーと思いました)

面談2回目の日程ぜんぜん連絡が来ないから催促するも、シフト出たら教えて、って、

東海地方民の行動の遅さは本当に。。キレそう。

 

 

もう、なんでもいいや……………

 

はあ。

 

 

 

 

 

 

 

だってまだ16歳だもの。

某ファーストフード店でバイトを初めて半年。

+小遣い稼ぎのつもりで腰掛けていたので、

まぁそろそろ終わりにするか。と考えていたところである。

お客さんも先輩方も、みんな基本的には良い人である。

先輩はひとり女神様がいる。

女神様がいるだけで今日は大丈夫、と毎回思ってた。

 

良い人ではあるんだが、もちろん悪人なんていないんだが

なんか、ずうっとやりづらい。

噛み合わない。

トラブルあると焦るし正解がわからない。

 

嫌いでもないし嫌われてもない。けど深入りはない。

 

ファーストフード店にしては、客質は99.9%イイヒト。たまに、超ヤバいやつ!!がいる。程度。

 

そのたまにいるヤバいやつ!ってのが、

本当に気分を悪くさせる。

 

9月までいようか悩んでいる今日。

そろそろ退勤時、というときに、

学生バイトがトラブルを起こしていた。

 

中年の女性がしきりに、

あり得ない!あり得ない!と、

レジにいる先輩に向かって怒っている。

 

どうやら、料理を運んでいるときに落としたドレッシングをそのまま出してしまったらしい。

まだバイト入りたての16歳には判断ができないうちの一つかもしれないですね。

まあ、常識なんて持ってないような年齢ですよ。

子供に毛が生えただけですよ。わかりますとも。

私もバカばっかりやってきたからね。

 

しかし怒りがとまらない女性

「それ落としたやつですよね、新しいのください。」

と一言注意するだけの余裕がない。

 

しかも、レジにいた先輩にしか言わない。

先輩「あー。そうですね」

って超どうでもよさそうなの少し笑う。

 

バイトの子に注意したのかはわからんけど、

彼女はヒステリックだった。

あー、めちゃくちゃ嫌な女だな…たかがそんくらいのことであの騒よう…大人気ない…。

って内心同情していたわたし。

 

着替えてトイレからバックヤードに戻ると。

バイトちゃんが!!!!!!!

 

かっ、過呼吸に!!!

 

ぎゃあ!!

 

椅子に座らせ、マスクをとらせ、深呼吸させ、水をあたえ…たものの、

あんまりよく知らない私から介抱されるのも気分がいいものではなかったようで、

もういいですから、って離されて、

これ以上は申し訳なかったんですぐに帰宅した。

 

 

 

ああ…………なんとかわいそうなんだろう。

あの子は他人にあれだけのエネルギーをぶつけられたことが今までないんだろうな。

びっくりしちゃったよなあ。

今日家に帰って落ち込んでるだろう。

 

と思うと、私も、ものすごく辛い気持ちになった。

ということで、もうどうでもいいや、来月で終わりにする…

 

今日の人はまぁ、まだ理由があったにはあったけど…なんでこの職場、たまにこういうすげー嫌なことがあるん??

 

というか、少ない方なのかもしれないよなあ。

マックとかすき家とか、もっと過激っていうもんね。

 

バイトちゃん。勉強だと思って、明日からも頑張って生きるんだよ!

 

わたしゃ応援しとる!

面談1回目終わり。

ようやく面談ができた。

うまく答えられてなかったかもしれないけど、無事に終わったようなのでヨシ。

これを最後にもう就活はしたくない〜。

 

あと2回面談あり。今日色々質問要項などまとめてくれたから、次はもう少しすんなりいけるかも…

 

それにしても、今日面談して、私思ったんだわ。

 

人生をもうしみじみ振り返るような構えができたんだな、と。

 

前までは、ああいやなとこつっこまれたな、どうしよう💦やっぱそこ気になるんだな…きついな。

って、自分があれこれ好き勝手やってきたせいで履歴書がズタズタなのに、焦っていたけど。

 

今日もやはりそこは気になったようで、

転職回数が多いですけどどうお考えですか?

と聞かれ

 

私は、ジジイのような貫禄をもってしまっていた。

 

いやあ、若い頃はワシも色々ありましてねえ。

大したことじゃないのにワーワー言うてねえ、でもねぇなんでもやる精神でやってきたら、今では何でもできるようになってしまいましたわい。かっかっか

的な気持ちになった。

 

実際に私は製菓やって料理やってマネジメントして、もうある程度はなんでもできるようになってしまった。どの道の専門家にもなれないけれど。

もうね、何から何までやりましたとも。

ほら、今回もコーヒーなんか扱う会社でしょう?

ラテアートなんて作ってたこともあるんですわい。ほら、経験って活きるでしょう?

あっはっは。

 

特に30代からは、あの社長がくれた仕事の全てが私をつくっていて、本当に感謝しかない。

仕事に楽しさが宿っていた。

 

だから名古屋にくるのは惜しかった。

 

でもね、名古屋にきて3年経つんだけど

この時間はとても必要だった。

 

主婦になって、時間ができて、夫といる時間が初めてたくさんできて。

はじめて子供のことを考えて、色んな検査や治療をした。

名古屋に来ないとできなかったことがたくさんあった。

心の余白みたいなものがちゃんとうまれて、ブランクはあれどもこの面談にも落ち着いたら気持ちで望めた。

 

今も埼玉にいたら、たぶんハナから子供のことは考えなかった。

というか、望んでなかった。

 

何回でも言うけど、もうできないかもしれないし。

まぁそうやってちょっと挫折したような心持ちでいる方が後々傷つきにくいかなってだけなんだけど…

 

 

それにしてもお父さん!!

 

私、そんなホイホイそっちに帰れませんから!!!

 

小林さんはお見舞いにくるなって言ったんだし今も見舞いにきてほしいとは言ってない!!

 

理屈はさておき、で考えたら

気持ちはわかるけど!

 

私だって会いたかったけど、面会を堂々と断われたんだからダメだったんでしょうが!

 

小林さん

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小林さん。

 

私が小さい頃からすぐそばにいたご近所さん。

今は友達。

いつも大きいハスキー犬を連れていた。

 

旦那さんが亡くなって10年以上が経った。

 

小林さんは一人暮らしとなった。

 

後に、私のお母さんが亡くなった。

小林さんが色々サポートしてくれていた

 

私は帰国後しばらくしてから

美術に興味を持つようになって、

そのきっかけは小林さんだったに違いない。

 

初めてふたりで行ったのはサントリー美術館

葛飾北斎の展示会だった

 

その後、コロナになって。

小林さんがいつも遊び相手になってくれた。

私が遊んでいたのではなく、

あの関係は間違いなく、私が遊んでもらっていた。

ステイホームの辛い時期に小林さんはいつもいてくれたように思う。

 

私の危なっかしい運転にも怖気づかず、勇敢に助手席にいたもんだ

ふたりで週に一度はスーパーに行って、お茶して、ランチもたまに行って

ああ、楽しい2年間だったな。

週一で遊んでたなんて、すっかり忘れていた。

 

それから私は一人暮らしをした。

半年に一度くらいは、美術館で落ち合った。

行きつけのレストランまであったくらいだ。

 

結婚して、私は名古屋に行き

会う頻度はそこからいっきに少なくなった。

 

小林さんは庭がとても立派で、

たくさんの種類の花を育てていた。

月に一度は写真が大量に送られてくる。

私は最初こそ、丁寧に返信をしていたけど

小林さんからの返信はないので笑

スタンプだけの返しとなった。

それでも、本当に…何十種類もの

大輪の花を…何百枚と…

すごく送ってくれた。

 

私は毎回少しのコメントと、スタンプで返していた。

 

丁寧に見ていたわけではないけど、全ての写真に目を通していた。

それは、ありがたいなぁと深く思うわけではないけれど、今日も小林さんは元気でよかったなあ、くらいにやんわり感じていた。

 

そして去年。

東京の美術館に一緒に行ったのが、小林さんと会った最後。

 

2月に一度弾丸で実家に帰ったけれど、

夜中到着、朝出発という

とても忙しないスケジュールだったため、

小林さんのとこに顔は出さなかった。

小林さんから、会いたかったなとメールがきて、少しごめんねと思った。

 

後日、小林さんから

家の相続の話が詳しくきた。

「本当に相続しますか?」と。

あ、もう一度考え直してみようかな。

そう思い、よく現状と鑑みて

少し相続の話は延期したいと伝えた。

 

その後、手続きを済ませたとメールがあった。

胆管癌だ、という報告と共に。

 

私は小林さんが腹を割った話をしてくれないことに少し苛立ちに似た不信感のようなものを抱いていた。

でも小林さんは、焦っていたのだ。

生きてる時間がもうないと。

 

その心境を汲んで承諾しようと決めた

 

「話し合いたいから、こっちにくるとき会おう」と小林さんからのラインの直後、

小林さんは入院から帰ってきていないそうだ。

 

私は1週間、遅かった。

見舞いにいけないかというラインは

ずっと既読にならないままだ。

 

 

スタンプ返し

 

会えなかったこと

 

家と土地の相続の話し合い

 

 

どうして、人間って

これが最後だなんて絶対にない、と思ってしまうのだろう。

 

いったい、何が一番後悔してるだろう。

 

 

今日小林さんの家の前を見て、

ものすごい衝撃を受けた。

 

あの花々たちが、ひとつもなかったからだ。

ローズマリーの枝一つでさえ。

防草シートまで貼ってあったのだ。

業者に頼んだんだろうか

 

金魚草も、一緒にうえたチューリップも、豪華なバラたちも、裏庭の立派なトマトも、

なにひとつなかった。

 

そこには雑草だけが寂しく残っていた。

 

絶対に庭を見に行こうと決めていたのに。

 

 

小林さんは奈良や京都に行っては仏像をたくさん見ては悟りを開いていた。

もうずいぶん達観しているらしい。

 

死ぬことを受け入れるということは、

生きたいと願うことなんじゃないの?

ねえ小川糸先生。

 

こんなに綺麗に終わらせようとしてるなんて、

そんなのアリなの?

 

寂しいんじゃないか、あまりにも。

なんて綺麗な人なんだ。

 

小林さん。

 

小林さん。

 

いつもたくさんの花を仏壇にありがとう

たくさんの写真も、

コロナの時間も、

買い物したあとのお茶も、

クリスマスパーティーだってやったよね、

またゴッホの企画展が…あるんだよ…

一緒に行こうって…

言おうと思って…今回帰ってきたんだよ………

 

あ、まだ生きてるがな

 

 

週末までに、面会できたら…

 

 

もう一度だけでいいからお話しよう。

小林さん。

 

 

そう。

 

きっと、帰ってくる。

あの家を見てショックを受けすぎて、

もう還らぬ人にしてしまった。

 

 

うん。会おうね、小林さん。

 

 

 

 

 

 

 

結局戻るという。

noteやってみたけどやっぱやめた…

自分だけ満足して見てればいいかなあって…

数年後に見返すためにつけてる日記

そして最近は書く内容もトントなく

毎日平和で草生えそう

 

かけもちのバイト先も、半年経ってようやく

慣れてきたかもしれないなと思えるようになった。遅い。

でも、やめようか悩んでいたからなー

このまま猛暑が抜けるまでは頑張れそう。

 

たぶん。

 

最近、読書仲間が三人増えて

私は嬉しい!

 

いろんな著者を教えてもらってる。

もうすぐ400冊読破になるけど

これって多いのか少ないのかわからないなあ。

あんまり多くはないんだろうな。

 

もうすぐ愛知の生活も終わる。

降り注ぐような緑がたくさんある生活。

海も山も、岐阜も、すぐそこにある生活。

地方暮らしってやっぱいいなと思った。

そしてこのまま夫とずっと二人でいい。

そう心から思えるようにもなった。

 

でも、私達は元の場所に戻る

忙しい毎日になる

 

本当に、今を大切にしないとなあ

夫の扶養からぬけたいまる。

不妊治療を始めておおよそ一年が経とうとしている。

排卵もしっかりしていて、精子の状態もすこぶる良いのに、まったく出来ない。

出来る気もしない。

年齢のせい、相性のせい、それぞれ理由はあるだろうけど、そんなんどうしようもない。

体外受精は金がないからやる選択にない。

 

私は最近、子供は授かれない人生を歩むことを決断しようとしている。

つまり、治療をやめるということだ。

夫には申し訳ないけど、私はもう諦めたい。

ていうか、もういいかなって言ってるのだけど

まだやめるのは早いよ、って止められて

今も通い続けてるだけなんだが。

このまま年齢が上がれば胎児に色んなリスクが増える。

それがこわい。

 

「君から一度も、子供が欲しいって聞いたことない」

って夫に言われた。

 

だって…欲しくないんだ。

仕事を辞めた人がやることといえば、出産しかないのかなって。それだけなんだ。

それも出来ないならもう仕事に戻りたいよ。

私の周り人たちが年齢的にもう40代くらいだから、人生の答え合わせにたどり着きはじめたんだ。みんな辛い時期を超えてやりたいことを叶える。立派になっていく。

それを羨ましいと強く思ってしまって、

扶養内から抜け出すことが許されない今が

ぬるくて、情けなくて、少し辛いんだ。

 

正社員で働いてたときは、独立には興味なかった。たぶん、その時の役割なんかが私をプッシュアップさせてたんだろうし、それなりに忙しくやれて、それなりに誇りがあったのかもしれない。

 

私は2年のブランクがあるけど、まだ間に合うかな。何か、少しでも良いから自分なりに納得のいくことをやれたらいいな。

 

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I don’t need a camera to capture this monent

最近、食の嗜好が変わってきた。

昔はあまり口にしなかった、

芋系や栗のスイーツや、チーズがたまらん好きになってしまった。

昔大好きだった揚げ物は、カラダに勢いがないと食べる気がしない。

 

食だけじゃなく、化粧品や美容品はほぼ薬局の安物で済ませているし、服もユニクロのセールで足す程度。要するに金がない。

 

夫の影響も意外に大きい。

ゴマフアザラシみたいな肌だ、と言われたら

レーザー治療を受けたし、

太ったね??って言われたら

4キロの減量をなんとか終えたし、

タバコだってやめてやったさ。

いや、やめたというより禁煙…かなあ。

ババアになったらまた吸ってやる。

私飲酒をしないから、手っ取り早い逃げ道がない。まだまだ吸いたい意欲あるまる。

 

ちなみにレーザー治療は人生で1番良かった選択です。10万かかったけど本当にやってよかった。

 

と、いつも書いてること同じな気がするけど、

変わってるようで

変わってないです。

 

だがしかし!

私は最近、とっても寂しい。

淋しい。としか、言いようがない。

それ以外の感情はない。

 

完全な独断と偏見で言わせてもらうと。

 

名古屋人というのは。

人懐こくて、穏やかで、「安定」していて、真面目。

何かをコツコツ取り組むことが得意な人が多いらしい。

そして、漏れなくおしゃべりが大好き。

ただ、そのおしゃべりは…抑揚がなく

すーっと、水平線のようにただ続くだけなのだ。

パンチラインを効かせたい私の性格にはやはり合わず。

でもやはり「良い人」は多い。

 

愛知県とは。

自然が溢れていて、名古屋周辺も若い人がたくさんいて活気があるし、ガチ多国籍メシや、どこかのチャンピオンの名店、みたいなところもたくさんあって楽しい。

バスでわりとどこでもいけるし、季節の花が見たかったらおあつらえ向きの公園がいくつもある。

家の近くには、筆舌に尽くし難いほどのうまい焼き菓子店もある。

夜は静かで、人も多くない。

水道水も美味しいね。

やはり財政が潤ってるのか、市は検診推進事業をしているおかげで、感染症やほとんどの癌検診を無償で受けることができた。

前会社は健康診断さえなかった故に、こっちに来てから健康状態を知った。

そしてもう36になるというのに、私の身体は澄み渡る青空のように、どこまでも健康だった。

むしろ忌々しいというか…おぞましい。

 

良いところだよ。間違いなく。

住みやすいよ、間違いなく。

私のストレスもほぼないよ。

 

だけども、私はトモダチに会いたくなった。

バカ話はおろか、真面目な話すら誰とも出来なくて、やっぱり寂しい。夫だけ。

そんな当たり前のことが全くできなくなってしまって、一年半。

 

誰からの連絡も全くない。

「名古屋に遊び行くね」とたくさんの人に言われたが、もちろん誰もこない。

 

当然だ。人にはそれぞれ人生がある。

遠くに行った人間なんて忘れたほうがマシだ。

そしてこういう時に、マジできてくれるほどの深い関係の友達はいない。

 

すぐ来てくれたのは、姉だけだ。

超めんどくさかったけど笑

感謝しないといけないね。

 

あとは父か…あのジッジは夫に会いたいだけだろうけど…。

2人が仲良くて私は嬉しい。

義母も来てくれたな。

やはり家族は大切にしないといけないなぁ。

 

関東に帰ったら何か変わるのかな。